第3章 サイコパス

この史上最悪の日本人ハッカーは、決して自分の手を汚してまで直接人の命を奪うようなヘマはしない。
だがそれらの死と、無関係もまたあり得ない。
人の住居を破壊し、他人の自由と財産を奪いながら、毛ほどの罪悪感も覚えない異常人格者である。

3-1.裕福な家柄(2009/8)

2009年8月中旬。

家中の電源ケーブルを抜いてもジージー音は消えなかったが、私はまだ諦めなかった。
徹底的に証拠集めに専念する、それしか手立てはないと考えていた。

中野を止め、都内数カ所のネットカフェを移動しながら、煩雑になった証拠資料をまとめはじめた。
どこへ行こうがすぐに過負荷になるのは同じだったが、考える時間が欲しかった。
自宅はすでに、気の休まる場所ではなかったからだ。

ハッキングから始まった数々の怪現象、その犯人がSだとしても、納得出来ない事があった。
そのハッカーは、これまで隠し持っていた全てのハッキング技術をさらけ出し、全勢力を追跡と攻撃につぎ込んでいるように見えた。
なぜそうまで徹底的に、追い続けなければならないのか、理由と動機がまるでわからなかった。

ヒントは、届いたスパムの中に書かれていた。

警察を“無能”とあざ笑っていたが、その実、行かれては困るのだ。
困る理由もたった一つ。
決して素性を暴露されたくない。それだけは何としても阻止したいのだ。
知られたくない素性を知る、唯一の人間が私だった。

渡されたメモの住所と氏名は、間違いなく本物なのだ。
『私を完全に叩き潰そうとしている』攻撃は決して止まないだろうと思った。

以下はその時のTwitterスパムの原文である。
ただしアカウント自体は他人から盗んだモノだ。

私は春以降、Twitter上でのアカウント・ハッキングと“ログ改ざん”の瞬間を、計2度目撃している。
ゲーム内と同様、見ている最中に他人のアカウントを乗っ取り、あっという間にアイコン画像や過去ログの一部を書き換えていく。
恐らく脅迫のつもりなのだろう。S流の演出の一つである。

以下5件の着信は8/19と8/20、どちらも夜で、着信と記載の時間はほぼ合っている。
ただしプリントアウトは後日の8/31、新宿・紀伊国屋書店近くのネットカフェで行った。

なお省略や誤字脱字が目立つのは、複数アカウントを同時に操り、常に猛スピードで書き続けているためだ。
あまりに意味不明な部分には、補足を添えておく。

【別紙-A】
----------------(1)--------------
~Had my daily dose of world star hip hop was impressed by bow wow "regret" he had to sign 2 cash & to step up lyrically I see, eh ok. 5:43 PM Aug 19th API~

「弓が大当たり(ワンワン)。世界的ヒップホップスターである私の一両日は感動的だった。 “残念でした!”彼は2つに署名し、現金と昇進を夢中で手に入れた。私は見た。それでOKだ」
(※仮想空間上のクラブに入り浸り始めて以降、自分をヒップホップスターと呼ぶのを好む)

----------------(2)--------------
~I'm out dis bitch...prob come in early tomorrow aint shit else to do but get dis money..8:13 PM Aug 19th API~

~I'm out dis bitch... prob come in early tomorrow aint shit else to do but get dis money.~

「私はビッチいたぶりを休止中。明日早朝に来る問題のために、クソやらねばならい事が他にある。だが、いたぶり資金を手に入れる」

----------------(3)--------------
~Yesterday the dog, tonight a coughing attack. Apparently som higher power has decided that sleep is for other people.10;37 PM Aug 19th API~

~Tonight a coughing attack to the dog.
Yesterday apparently some higher power has decided that sleep is for other people.~

「今夜しぶしぶ警察をアタック。どうやら昨日、あるお偉いさんが伏せておく方が他の人の為だと決めたもよう」

----------------(4)--------------
~I aint rich or close to it but I spit it like I been on,Any beat I murda iz forbidden that you get on,I do tracks like a nigga do a pigeon, 7:59 AM Aug 20th API~

~I ain't rich or I'm close to it, but I split it like I been on.
Any beat me murder is forbidden that you get on. I should do track like a negro do a pigeon.~

「私は裕福ではないが、近い立場にいる。だが、その嘗ての私と決別する。私を打ち砕く抹殺計画をおまえが進める事を許さない。あのニガーが鳩にそうしたように、私はお前を追跡する」
(“あのニガー”とはAの事である。当時Sは、Aを“ニグロ”“黒人種”と呼んでいた)

---------------(5)---------------
~hey luk me ova tel me do u like wut u;hey i aint got no money but im rich on personality; u mite not no it now but baby ima STAR!6:04 PM Aug 20th API~

~hey look at me over, tell me did you like what you; hey I ain't got no money but I'm rich on personality; you are mite, not, no it now, but baby I'm a STAR!~

「おい!もう一度私を見ろ。言え、例えばお前に何をした。おい!私は金を盗んでいない。私は裕福な家柄だからな。お前は微々たる存在だ。不要、もういらない。しかし私はスターだ!」

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確かに裕福な育ちなのだろう。
且つこの人間は、自分の親が周囲に対し権力を振るう様を、ずっと間近で見て育ったのだ。
どこまでも傲慢なその物言いは、中流家庭に生まれ育った人間には決して身につかない。

そして警察の“お偉いさん”は、その“裕福な家柄”とグルなのだと書かれている。
“教育者”であり、権力を持つ“裕福”な父親から現金と昇進を手に入れ、署名までしたとすれば、確かに警察はもうこの件では動くまい。
そうであれば、この父親も警察もとんでもない悪党の恥知らずである。

加えて警察内部の通信網までが、すでに出入り自由で覗かれている様子だ。
決済サーバーまで容易くハッキングできるのだ。それぐらいは朝飯前だろう。

ただし、特に最初の方は、大部分が作り話と思われる。
過去にそのような出来事が起きたかもしれないが、それはおそらく今ではない。
「もう警察は動かない」と、是が非でもそう思わせたいのだ。それが文面からひしひと伝わってくる。

凄まじい量の即興スパムを受け取ったが、大層なでっち上げ話が事あるごとに出てくる。
相手に信じ込ませるため、少しの真実をそこに混ぜ込む。
相手を攪乱し、諦めさせ、ねじ伏せようとするのは、この人物の常套手段である。
常習的に嘘をつき、力を誇示しようとする。まさにサイコパスという異常人格の特徴である。

ここで言える事は一つ。
過去か現在か、また地元警察か教育関係者かはわからないが、少なくともその“裕福な一族”と癒着した人間によって、証拠隠滅と収賄が行われたという可能性は、ゼロではないという事だ。

さらにSは、ここでミスを一つ犯した。

「.. prob come in early tomorrow aint shit else to do.......... 8:13 PM Aug 19th API」
「Tonight a coughing attack to the dog...... 10;37 PM Aug 19th API」

確かに着信は夜だった。Sは常に外国人を装い、大きなテロ組織の犯行に見せかけようと必死である。
しかし欧米人の書いたものであれば、“Tonight”はあり得ないのだ。



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