第2章 雷電
ここからは一人称に戻し、起きた事を出来るだけ細かく話そう。
2-1.サンダーボルト・アタック(2009/4~/5)
最初に話しておこう。
警察への通報を考え始めた頃、実家から1本の電話がきた。
久々の電話が、年末に落雷被害に遭ったという報告で驚いた。
実家は宮城県にあり、小さなホテルを経営している。
明け方近くの落雷で、幸い宿泊客にケガ人は出なかったが、館内の業務用の通信設備がまるごと吹き飛び、さらに自動ドアなど、低電圧の設備機器が一式ダメになったという話であった。
よく聞くと、落雷は私が引っ越しをした日から通信環境が整うまでの、わずか数日間の出来事だった。
こちらもハッキング被害の真っ最中で大変だと告げ、しばらく話をした後に受話器を置いた。
私は嫌な予感に襲われた。しかしその事は誰にも言わなかった。
8000円を騙し取られた後、Sからのスパムメールなどを手に、私は武蔵野警察署へ向かった。
4月も下旬になっていた。しかし警察への説明は、予想通り難航した。
同じ頃、固定電話と携帯電話の異変が顕著になり始めていた。
通話中にカチャカチャと金属音が数分間隔で聞こえ、妙なエコーがかかる。
しかも家族の携帯電話にはそれがない。
盗聴を疑い、3万円をはたいて調査を行ったが、自宅付近5km四方には何もなかった。
他にも、買ったばかりの小型家電が過加熱で立て続けに壊れ、ジージーという嫌な音が時々聞こえた。
気になりはしたが、私は警察への被害届けの事で頭が一杯だった。
焦りを感じていた。
実際に担当警官に会って話せるようになるまで、半月近くもかかった。
ようやく行く事になった日の夜、ネットカフェから件のゲームへログインし、自分のアバターのプロファイル機能を使い、もう一人の被害者Aに警察へ行く意思を伝えた。
Aは、前年に転勤で米国へ移住していた。メールやSkypeが使えない以上、他に連絡方法もなかった。当然、Sも気付くだろうと承知の上だったが、牽制になるかもしれないという期待もあった。
案の定、5分も経たずにSのアバターがメッセージを携えて現れた。
「ゲラゲラゲラ!警察へ行くだって?やつらに何ができる。連中は無能だ :D」
そのわずか数時間後、畳みかけるように怪現象が次々と起き始めた。
そのネットカフェは、PCが過負荷で動かなくなり始めてからしばしば利用していた。しかし2度目あたりから同じように過負荷となり、動かなくなる事がよくあった。その場合は個室を移動し、PCを交換しながら調べ物などをしなければならなかった。
正直、それがSと関係があるとは考えるのも嫌だった。しかし“気のせい”では済まなかった。
その日はたまたま割引タイムサービスを実施中で、店員に薦められるまま、チェックアウトの2~3時間前にレジを済ませた。ところが予定時刻に帰ろうとすると、未払いだと言われ、退店を止められた。
済ませたはずの支払いデータが、レジから消えていた。
運悪く最初の店員は交代後でもういなかった。また個室も移動し、捨ててしまったレシートはゴミ箱から処分された後だった。レジで悶着になったが、疲労で抗う気力もなく、割高の2度目の支払いをして店を出た。中野駅前、サンプラザ地下のネットカフェである。
中野駅はまだ早朝で、人出は疎らだった。改札を通ろうとした時、改札機が行く手を阻んだ。
スイカカードは、その日に2000円を入れたばかりで、足止めされる謂れはない。
だが2台目も通れず、3台目でようやく改札を抜けた。誤動作だった。
さらに下り線のホームに立つと、すぐに構内放送が流れた。高円寺付近で信号機が故障し、上り線がストップしたという内容だった。緊張でへとへとになりながら家へ辿り着いたその日、夕方のニュースで、瞬間的に高圧電流が流れたための故障で、原因は不明との事だった。背筋を冷たいモノが走った。
一夜明けて警察署へ向かった。
するとPCを扱える警察官が外出中だと言われ、待つ間に署の入口へ出て、携帯から電話をかけた。
相手は古くから付き合いのある取引先企業の社長で、ハッキングの被害届けを出すため警察に来ている事など、簡単に経緯を説明して仕事をしばらく受注できない旨を伝えた。
するとこの日、同じ信号機故障が再び起きた。今度はその社長が利用していた京葉線であった。
その日以降の数週間は、まるで悪夢である。
翌1日目、PCを置いてあった自室の天井、丁度、頭上に取り付けてあった照明が、突然火花を散らしスパークした。午後3時頃だった。
まだ真新しかったそれは、外してみると基盤が焼け焦げ完全に壊れていた。
だがこの時までは、立て続けの怪現象に困惑するばかりで、ハッキングとの関係は考えもしなかった。
2日目、見知らぬ番号からの固定電話への着信が始まりだった。
2度着信があったが、それも無視し、2時間半ほど後にかけ直してみると、下手くそな英語の録音音声が聞こえてきた。
「You call me too late」(電話してくるのが遅すぎだ)
間違いなくSだった。
思わず受話器を叩きつけるように切ったが、何が起きているのかわからなかった。
受話器を置いた直後、机の上、すぐ目の前に置いてあったその電話機がパッシングを始めた。
発光しながらパシッという破裂音を出すのだ。
それは5~10分間隔で延々と続き、たまに何時間か静かになったかと思うと、再び繰り返した。
不気味だったのは、家族が帰宅している間は、概ね静かになる事だった。
パッシングは徐々に強さを増し、最終的にほぼ3日3晩続いた。
そして4日目の午後3時過ぎ、突然、ドンッバリバリッという雷鳴と共に電話機から上方へ巨大な稲妻が発生し、傍にあった電源スイッチやFAX共々、一斉に炎を噴きながらスパークしてはじけ飛んだ。
高圧電流が機器を破壊した瞬間だ。
それは完全に私が見ている目の前で起きた。
気付くと、私室に置いてあった通信機器とケーブル類が完全に破壊され、樹脂の燃えた嫌な匂いを放っていた。幸い傍には燃え易いものはなく、火事にはならなかった。
私は少し離れた場所に立っていたため、火傷も怪我もない。
だがそれは、単に運が良かっただけの事だ。
警察への通報を考え始めた頃、実家から1本の電話がきた。
久々の電話が、年末に落雷被害に遭ったという報告で驚いた。
実家は宮城県にあり、小さなホテルを経営している。
明け方近くの落雷で、幸い宿泊客にケガ人は出なかったが、館内の業務用の通信設備がまるごと吹き飛び、さらに自動ドアなど、低電圧の設備機器が一式ダメになったという話であった。
よく聞くと、落雷は私が引っ越しをした日から通信環境が整うまでの、わずか数日間の出来事だった。
こちらもハッキング被害の真っ最中で大変だと告げ、しばらく話をした後に受話器を置いた。
私は嫌な予感に襲われた。しかしその事は誰にも言わなかった。
8000円を騙し取られた後、Sからのスパムメールなどを手に、私は武蔵野警察署へ向かった。
4月も下旬になっていた。しかし警察への説明は、予想通り難航した。
同じ頃、固定電話と携帯電話の異変が顕著になり始めていた。
通話中にカチャカチャと金属音が数分間隔で聞こえ、妙なエコーがかかる。
しかも家族の携帯電話にはそれがない。
盗聴を疑い、3万円をはたいて調査を行ったが、自宅付近5km四方には何もなかった。
他にも、買ったばかりの小型家電が過加熱で立て続けに壊れ、ジージーという嫌な音が時々聞こえた。
気になりはしたが、私は警察への被害届けの事で頭が一杯だった。
焦りを感じていた。
実際に担当警官に会って話せるようになるまで、半月近くもかかった。
ようやく行く事になった日の夜、ネットカフェから件のゲームへログインし、自分のアバターのプロファイル機能を使い、もう一人の被害者Aに警察へ行く意思を伝えた。
Aは、前年に転勤で米国へ移住していた。メールやSkypeが使えない以上、他に連絡方法もなかった。当然、Sも気付くだろうと承知の上だったが、牽制になるかもしれないという期待もあった。
案の定、5分も経たずにSのアバターがメッセージを携えて現れた。
「ゲラゲラゲラ!警察へ行くだって?やつらに何ができる。連中は無能だ :D」
そのわずか数時間後、畳みかけるように怪現象が次々と起き始めた。
そのネットカフェは、PCが過負荷で動かなくなり始めてからしばしば利用していた。しかし2度目あたりから同じように過負荷となり、動かなくなる事がよくあった。その場合は個室を移動し、PCを交換しながら調べ物などをしなければならなかった。
正直、それがSと関係があるとは考えるのも嫌だった。しかし“気のせい”では済まなかった。
その日はたまたま割引タイムサービスを実施中で、店員に薦められるまま、チェックアウトの2~3時間前にレジを済ませた。ところが予定時刻に帰ろうとすると、未払いだと言われ、退店を止められた。
済ませたはずの支払いデータが、レジから消えていた。
運悪く最初の店員は交代後でもういなかった。また個室も移動し、捨ててしまったレシートはゴミ箱から処分された後だった。レジで悶着になったが、疲労で抗う気力もなく、割高の2度目の支払いをして店を出た。中野駅前、サンプラザ地下のネットカフェである。
中野駅はまだ早朝で、人出は疎らだった。改札を通ろうとした時、改札機が行く手を阻んだ。
スイカカードは、その日に2000円を入れたばかりで、足止めされる謂れはない。
だが2台目も通れず、3台目でようやく改札を抜けた。誤動作だった。
さらに下り線のホームに立つと、すぐに構内放送が流れた。高円寺付近で信号機が故障し、上り線がストップしたという内容だった。緊張でへとへとになりながら家へ辿り着いたその日、夕方のニュースで、瞬間的に高圧電流が流れたための故障で、原因は不明との事だった。背筋を冷たいモノが走った。
一夜明けて警察署へ向かった。
するとPCを扱える警察官が外出中だと言われ、待つ間に署の入口へ出て、携帯から電話をかけた。
相手は古くから付き合いのある取引先企業の社長で、ハッキングの被害届けを出すため警察に来ている事など、簡単に経緯を説明して仕事をしばらく受注できない旨を伝えた。
するとこの日、同じ信号機故障が再び起きた。今度はその社長が利用していた京葉線であった。
その日以降の数週間は、まるで悪夢である。
翌1日目、PCを置いてあった自室の天井、丁度、頭上に取り付けてあった照明が、突然火花を散らしスパークした。午後3時頃だった。
まだ真新しかったそれは、外してみると基盤が焼け焦げ完全に壊れていた。
だがこの時までは、立て続けの怪現象に困惑するばかりで、ハッキングとの関係は考えもしなかった。
2日目、見知らぬ番号からの固定電話への着信が始まりだった。
2度着信があったが、それも無視し、2時間半ほど後にかけ直してみると、下手くそな英語の録音音声が聞こえてきた。
「You call me too late」(電話してくるのが遅すぎだ)
間違いなくSだった。
思わず受話器を叩きつけるように切ったが、何が起きているのかわからなかった。
受話器を置いた直後、机の上、すぐ目の前に置いてあったその電話機がパッシングを始めた。
発光しながらパシッという破裂音を出すのだ。
それは5~10分間隔で延々と続き、たまに何時間か静かになったかと思うと、再び繰り返した。
不気味だったのは、家族が帰宅している間は、概ね静かになる事だった。
パッシングは徐々に強さを増し、最終的にほぼ3日3晩続いた。
そして4日目の午後3時過ぎ、突然、ドンッバリバリッという雷鳴と共に電話機から上方へ巨大な稲妻が発生し、傍にあった電源スイッチやFAX共々、一斉に炎を噴きながらスパークしてはじけ飛んだ。
高圧電流が機器を破壊した瞬間だ。
それは完全に私が見ている目の前で起きた。
気付くと、私室に置いてあった通信機器とケーブル類が完全に破壊され、樹脂の燃えた嫌な匂いを放っていた。幸い傍には燃え易いものはなく、火事にはならなかった。
私は少し離れた場所に立っていたため、火傷も怪我もない。
だがそれは、単に運が良かっただけの事だ。