第2章 雷電

2-3.“連中は無能だ”(2009/5~/7)

警察でのいきさつも話しておかかねばならない。

武蔵野警察署へは、約2ヶ月かけて計5回ほど足を運んだ。
レジからデータが消え、電車が2度止まり、家の通信機器が吹き飛んだのも全てこの間の出来事だ。

しかし結局、武蔵野警察も警視庁も、聞く耳を全く持っていなかった。

窓口は「生活安全課」、確かそんな名称だったが、ハッキング被害をいくら訴えても、なかなか被害届けを出すに至らない。それどころか、60絡みの担当警官は「そんな話を持ち込まれては迷惑だ」と言わんばかりに、あからさまに嫌な顔をした。
彼らはPCもIT技術も一切知識を持たず、完全に理解の外であった。しかも署内には、パソコンを多少使える程度の人間が1人いるだけだという。

こうして1回目は窓口確認のみ。2回目は担当窓口へ行きはしたが、被害状況を説明するどころか、けんもほろろに追い払われた。

警察庁のサイバー犯罪対策課へも何度も電話で掛け合った。
しかし「地元の警察署へとにかく被害届けを出すように」の一点張りで、埒が明かない。
その他、IPAなど知りうる限りの関連組織へ電話を掛けたが、どこも同じで何の役にも立たなかった。このやり取りに、半月余りを要した。

3度目、“多少PCを使える”という若い警官に合う事ができた。
しかし、英文のスパムメールや偽サイトの異常なURLが記載された画面コピーを見せると、途端に困惑の表情を示した。そして声を荒げて私に言った。
「セキュリティメーカーの偽サイト?一体どうやって!?(そんなものを作れるというのか)」
資料が英文だというだけで思考が止まり、他人ごとになってしまう。そんな印象だった。

『HTML一式をコピーし、自前のサーバーへアップするだけです。その気になれば簡単ですよ』
いくら説明しても理解できない。彼はURLも、HTMLの事も何も知らなかった。

4度目、その若い警官がPCを一応調べるから持ってきてもらいたいという。
だが被害はハッキングであって、ウィルス感染ではない。
アクセス権が乗っ取られているのだ。どんなセキュリティソフトも通用しない事は端から実証済みだ。
ましてやその警官は専門家ですらない。持ち込んだからといって何かがわかるはずも無かった。

やむを得ず持っては行ったが、案の定、彼は自分のPCを接続し、トレンドマイクロ社のソフトでウィルスチェックをはじめた。
哀しいほど途方に暮れた。だが諦めるわけにはいかなかった。

被害届けは、刑事課が被害状況を確認した上でなければ、提出する事もできないという話だった。
ではその刑事に会わせて欲しいと、窓口へ何度目かの電話をかけた時の事だ。
仕事道具のPCが何台も使い物にならなくなり、犯人も誰なのかハッキリしていると伝えると、その警官は電話口でこう言った。
「じゃあパソコン使うのを止めればいいじゃないですか」
挙句の果てに、話の途中で一方的に私の電話を切った。

5度目、証人として家族を連れ二人で足を運んだ。窓口警官の顔色が少し変わった。
そのお蔭で、刑事課の刑事2名に会う事ができた。
自宅PCの惨状を伝え、化け物のように勝手に動くPCを実際に見てほしいと訴え、ようやく何人かで現場を見てみようかという話になった。

ところがそこで意外な方向から邪魔が入った。
第三者で現場を見た人がいれば、先にその人物から話を聞きたいという。
そこで、親しかったK氏に携帯から連絡をし、直接電話口で刑事と話をしてもらった。
話の内容まではわからないが、この時どうやら、Kは例の自論を展開したらしい。

~そこまで高度な技術を持つハッカーが、この日本にいるわけがないんですよ!~

30代半ばの若い刑事は、1時間近くも相づちを打ち続けて電話を切った後、現場を見に行く事も、被害届けを受け付ける事も出来ないと、私に告げた。

同じ日の夜、もはや約束事となってしまったスパムが届いた。
「Wow!彼は仲間だ!お前の邪魔をしてやった。じっくり褒めてやろう」

再び嫌な予感に襲われた。
Kは自宅に何台ものPCと、開発用の高度なツールを多数持っていた。
高性能PCや高度な開発ツールはSの大好物である。
しかしその時の私には、それを気にしている余裕も気力もなかった。

残念ながら、Sの言葉は正解だった。

~連中は無能だ~

その時の刑事は、自分が電話口で話をした若者が、その後どんな運命を辿ったか知る由もない。