第2章 雷電

2-2.空間トレーサー(2009/5~/6)

その日を境に、怪現象は家の外へと拡大していった。

改札機の誤動作は始まりに過ぎなかった。
2日ほど経ち、ヨドバシカメラへ行った。するとクレジットカードを使った途端に、レジのカードリーダーが(カード会社側サーバーが決済処理をストップ)。次の日、TSUTAYAで会員カードを使って出ようとすると、出入り口に設置された万引き防止装置が、やはり誤動作で警報を発した。

何かカードを使う度に警報が鳴る。それがどこまでも付き纏った。
どこへ行こうが、外出の度に警報ブザーが鳴り響き、その度に足止めされる日が続いた。
それはホラー映画の一場面のように現実感がなく、ただ呆然とするばかりだった。

5~6回目辺りでようやく、あちらこちらのレジシステムへのハッキングを疑い始めた。
例のネットゲームと同じだ。「小さな真っ赤なベリー」である。
最先端の3Dゲームサーバーと、より堅固な決済管理サーバーを何度も繰り返しハッキングしている。それぐらいの事は、わけなく出来るはずだった。
しかも私の個人情報やカード情報はすでにSの手の内だ。

ヨドバシカメラから約1週間後、スイカを含む全てのカード類の使用を止めた。
それによって警報ブザーは治まったが、今度は、周辺にある全ての電話機がおかしくなった。
携帯を止め、公衆電話を使おうとした途端にそれは始まった。

武蔵境駅前、新宿と東京駅構内、茅場町界隈の街頭の公衆電話など、どこへ移動しようが、どの公衆電話でも全く同じ事が起きた。
通話し始めると、すぐに例のカチャカチャという異音とエコーが始まり、やがて音声も聞き取りにくくなった。通話先にも同じ現象があるかと数人に尋ねたが、相手側には異常はないと言われた。

警察へ行くと告げた日からわずか十数日の間に、これら全ての現象が起きていた。
とても偶然だけでは説明がつかない。

しかし、例えストーカーだとしても、NTTの公衆回線にハッキングしてまで、人ひとりを追跡するなど馬鹿げていた。そこまで気違いじみた事を実際にやる人間がいるとは、到底信じられない。

ただ一方で『Sならやるだろう』という、確信があった事も確かだ。
だがこの考えは、自分自身がまるで気に入らない。
誰に話そうが妄想としか受け取らない。すなわち打つ手はゼロという事だ。
再び絶望感に襲われたが、怪現象はそれでも止まなかった。

最も驚いたのは、コンビニからのFAXさえ送れなくなった事だ。
仕事関連の資料を送ろうとしたが、何度送信しても一向に送れない。相手先が延々と通信中なのだ。
試しにもう一か所を含め、2時間ほど送信し続けたところで断念し、当日の内に直接持ち込んだ。
すると業務用FAXがループを起こしていた事がわかった。
そこでは誰も気づかず、丸一日近くも着信不能のままになっていた。
例の、京葉線を利用していた社長が経営する会社だった。

もはやPCのハッキングどころではない。
気付いた時には、固定電話やメールばかりか、まともな通信手段を一切合切失っていた。
辛うじて使える携帯さえ、盗聴が疑われた。

だが恐ろしいと感じたのは、現象そのものではない。
侵入経路が不明のハッキング、高圧電流による電撃アタック、家電や機器の破壊、レジシステムへの侵入、纏わり付く警報ブザー、そしてGPSの追跡と公衆電話の異常現象。
『どうすればこれら全てを人為的に起こし得るというのか?そんな技術が実在するのか?』
その疑問を解くカギが、いくら探しても何一つ見つからない事が、私を怯えさせていた。

6月も、すでに後半に差しかかっていた。